具体的に何をした人なのかは知らなくても、アインシュタインと言う名を聞いたことがあるのがほとんどかと思いますが、物理学の父と呼ばれたアインシュタインの名言をみなさんはご存知でしょうか。
天才物理学者でありながら、奇人変人でアスペルガー症候群だとも言われる彼ですが、実は部地理学者としてだけではなく、多くの名言を残しました。今回は個人的にこれはいいと思ったアインシュタインの名言をご紹介したいと思います。
sponsord link
アルベルト・アインシュタインの名言
自分自身の目で見、自分自身の心で感じる人はとても少ない。
例えば、みなさんは何かを決める時どうやって決めますか?
多くの人は、何か選択に迫られた時、自分の考えや自分の気持ちを無視し、他人の意見や同意を求めたり、他人の目を気にし、本当の気持ちとは違った選択をしてしまう事が多い様に思います。
それを現したたのがこの言葉で、50年以上前から人は自分の目で見て感じる事ができない人が多く、それゆえか、自分で選択した事に責任を持てず、後悔や迷いばかりが先行し、常に何かに不満を持って生きています。
その選択が間違いだったのかどうかはわかりません。
しかし、1つだけ言えるのはそれが間違いかどうかを決めるのも自分次第だと言う事です。 その自分がそれを悪いと言うのなら、それは悪い事となってしまいます。
逆に自分がいいと言うなら、それはいい事となります。
誰が決めるのでもなく、本当は自分が決める事なのです。
そうしなければ、いつまでたっても幸せや成功する事はありません。
なぜなら、自分自身が正しいと思えない事が、人に正しいと思わせる事ができるわけがないからです。
自分で正しいと思えないのなら仕方ないですが、他人の眼ばかり気にし、自分の本当の気持ちを無視して他人に依存するだけでは何も自分で決める事ができず、自分の心で感じる事もできないと言う事です。
人が良いと言うから良いのではありません。
それを自分の心が良いと感じるからそれが良い事となるのです。
挫折を経験した事の無い者は、何も新しい事に挑戦した事のない者だ。
成功者は成功した倍以上の失敗の上に成り立っています。
天才と呼ばれたアインシュタインでもその例には漏れないでしょう。
一般的に人はいかに失敗しないかを学ぼうと努力します、誰だって失敗は怖いですし嫌ですよね。
しかし、逆に言えば失敗をしないと言う事は、常に古く答えの見つかっていることだけしかしていないのと、ほとんど同じだと言えるのではないでしょうか。
人がまだした事のない事、情報もなく手探りの状況でしなければならない事など、新しい事に挑戦しない人は失敗はしないかもしれませんが、その分大きな成功をする事もありません。
一度も挫折をしたことがないと言う事は、誰かがした事をただなぞっていっただけで、舗装された安全な道をただ歩いてきただけだからです。
それで得た成功は、楽に歩いてきた分とても貰い物となっています。
なぜなら、成功とは失敗の積み重ねでできている物です。 失敗をしたことがないと言う事は、成功する事もできないと言う事でもあります。
厳密に言えば、成功する事はできるかもしれません。
しかし、成功し続ける事はできないでしょう。
失敗を経験してこそ、自分の身に沁み、どんどん改善していくもので、一度も挫折を味わったことがなければ、改善する部分が見当もつきません。
高い所に行けば、そこから転がり落ちるのはとても早く落ちていきます。
下から地道に上がっていった者は、落ちた時やまた昇る術を持ちますが、最初から楽して高い所まで登った者は、一度落ちてしまえば這い上がる事や途中で止まる事もできず、あっという間に落ちていく事でしょう。
失敗しない事は大切な事ですが、失敗をしなければそれに対処する事ややり直す事ができないので、失敗を恐れずに新しい事にチャレンジする精神が大事な事だと言う事です。
自分自身の事について誠実でない人間は、他人から重んじられる資格はない。
自分を信じれないと言う事は、人から信じられないと言う事と同義です。
何事も、他人に対し、何かを求めるのであれば自分がそれを示さなければなりません。
例えば、人から好かれたいと思うのなら、まず自分が自分を好きでなければ人はあなたのどこを好きになればいいのでしょうか。
自分が好きだと言うと、人はナルシストやぶりっ子などと批判しますが、そう言った人たちは嫌われる反面、事実多くの人に好かれていますよね。
それは彼らが自分の事を好きだと思っているからで、もし自分の事を好きでもないのに無理をして、自分が好きなように振る舞っているだけだとしたら人から批難されるだけで終わってしまう事でしょう。
同じく、自分に対し誠実でない人は、他人から誠実にされる事はありません。 自分の本当の気持ちや考えに素直でなければ、相手から素直に接してくる事もないと言う事です。
本当に周りの人や環境を変えたいと願うのなら、他人やその環境を変えようとするのではなく、自分が変わればそれらも変わると言う事でもあります。
いじめなどの問題や、自分が優れていないと言う事の多くは、自分が変わろうとする意思があり、それに対し行動を起こす事ができればほとんどの事は変える事ができます。
ちょっとやそっとで変わらないのであれば、もっとたくさん変えればいい。 少しやったぐらいであきらめ、変わらなかったと嘆くのは自由です。 しかし、それで本当に少しも変わらなかったのでしょうか。
少し変わるために行動を起こしたのなら、少し周りの人や環境も変わったはずです。
それをするもしないも自由ですが、何もしないで周りのせいにする事は間違いです。
他人や環境に悩みがあるの案ら、まず自分が変わる事を考えましょう。
あなたがもし、別人のように変わったのなら、必ず周りの目や環境も大きく変わっている事でしょう。
多くの人は、周りから変えようとしますが、反対に自分から変えてしまえば、もっと簡単でもっと楽に周りを変える事ができます。
周りを変えようと思えば、1人1人変えていかなければなりまさ円が、自分が変わるのは自分だけです。
自分だけ変えれば、周りのすべてが変わるのですから、労力が全く違います。
周りのせいや他人のせいにいて行動を起こさないのは、結局自分が変わりたいと思っていないからです。
自分で選んでいる事を、何かのせいにする事はおかしな話です。
このように、何かを求めるなら、自分がそれをしていなければ願いが叶う事はないでしょう。
常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクションのことである。
私がアインシュタインの言葉の中でも特に共感する言葉です。
私たちは「普通」や「常識」「当たり前」など一般的なものの事をそう呼んでいると思い込んでいますが、それが本当に「常識」なのでしょうか。
あなたにとっての常識は、隣の誰かにとっては非常識なのではないでしょうか。
例えば、食1つとってもそれがわかります。
シチューはみなさんご存知かと思いますが、そのシチューをパンと食べる事が恐らく一般的には認知されていると思います。 しかし、シチューとご飯を一緒にカレーライスのようにして食べるのが当たり前だと思っている人もいて、ごはんとシチューを一緒に食べる事あありえないと思っている人からすれば、それは非常識です。
しかし、ご飯と食べる事が当たり前に育ってきた人からすれば、ご飯と食べる事をありえないと考える事こそがありえないのです。
これ以外にも、私たち日本人が良く食べる刺身なども、欧米人などからすれば生で食べる事はあり得ないと一昔前までは信じられていたのです。
今だからこそ刺身やすしを外国人でもおいしいと言い、食べるのがふつうだと思われていますが、未だに生で食すのはあり得ないと考える人もいます。
食の常識を取り上げればきりがないほどたくさんありますが、実は食以外にも、多くの常識だと思っている事は、誰かにとっての非常識だと言う事です。
マナーでも、生活スタイルでも、食生活でも、恋愛事情でも、その常識は大人になるまでに経験した事や、知識などで作り上げたあなただけのオリジナルのルールです。
人類共通の常識などありません。 それを常識だと思っているのはあなただけかもしれませんよ。
おわりに
少し私の勝手に付け加えた解説部分が長くなりましたので、今回紹介する分はここまでとします。
アインシュタインだけでもかなりの数あり、私のチョイスで紹介していますがいかかがでしたでしょうか。
もちろん中には合わないと思った人や、私が付け加えた解説は余計だと思う人もいると思います。
それは仕方ないとして、アインシュタインの名言は検索すればたくさん出てきますし、本も出版されていますので興味があれば是非ご覧になってみてください。
一応また機会があればアインシュタインの名言以外にも、誰かの名言を集めて勝手に解説したいと思います。
それではまた。
sponsord link
コメント