「自由と言う名の鎖」何かを得ると何かを失う

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哲学
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本当はみんな知っているはずなのに世間ではあまり認識されていない「何かを得れば何かを失う」と言うこと。

聞いてみればあたかも当然のことなのですが、多くの人がそれを忘れてしまっています。

例えば「スキルアップ」や「自分磨き」と言う言葉がありますよね。
一見するといいことのように思われ、みなこぞって成長することを目指していきます。

英語を学ぶために英会話スクールに通ったとしましょう。
英会話スクールに通えば、ある程度英語を理解することができるようになります。

しかしそれには当然時間と労力、お金が必要になりますね。

つまり英語を学ぶことにより成長する反面、なくしたものもあると言えます。

これはみなさん無意識で損得勘定をしており、お金や時間などの対価を支払っても得る物がでかいと考えた結果英会話スクールに通うことを決意します。

この場合納得できることだからよしとしますが、実際これだけがなくしたものではないことにお気づきでしょうか?

英会話を習うことでなくしたもの。

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それは「価値観」です。

英語と言う異文化を習うにあたり、新たな価値観を得ることがあると思います。

例えば英語では敬語のようなものがなく、日本のようにやたらとごちゃごちゃしていないと言う特徴がありますよね。

仮にこの価値観に感化されたとしましょう。
敬語がなくても経緯を払っていればいいんだと思ったAさんは、英会話を習ったことがきっかけで堅苦しい敬語を使わなくなっていきました。

友人関係などの親しい間柄では特に問題はなかったものの、会社の上司とのやりとりで注意されることになってしまいました。

たまにいますよね。
アメリカかぶれみたいな人でやたらなれなれしい人や目上の人に向かって溜め口間がいな言葉を使う人。

それが悪いとか英語が問題だなんてことを話しているのではありません。

このとき英語と言う新しい価値観によって得たものがある反面、古い日本語の敬語などの言葉の使い分けをする価値観を失ったと言うことに注目していただきたいのです。

何も英語だけの話ではありません。

心理学を学んで人間関係を良好にしたいと思い学んだ結果、この場合はこうあの場合はああと型にはめて考えてしまってかえって人間関係に亀裂をつくる原因になってしまう可能性もあります。

何度も言いますが、決して学ぶことが悪いと言っているのではありません。

私が言いたいのは、学ぶことや自分磨きなどをすることで得るものがあると同時に失っているものもあると言うことを言いたいのです。

新しいものを得れば古いものが見劣りしてしまうことは多いですよね。

新しいスマホを購入すれば、ほとんどの場合古い今まで使っていたスマホがまだ十分使えたとしても使わなくなってしまいます。

中には新しく買ったけどやっぱり古いものの方がよかったと思うこともありますが、その場合結局新しく得た方は使わずに古い方を使うことになりますよね。

このように私たちは常に何かと何かを比べて、取捨選択を繰り返し生きていると言っても過言ではありません。

これは物だけではなく知識や価値観など目に見えないものにも当てはまります。

勉強しろとか学べ、働け、磨け、鍛えろなどと暗に訴えてくる世の中で、自由かのように見える道は実は狭く限られていて、舗装されている道は決まっていて、自由とは口ばかりで本当は決められた道を歩くように作られている世の中と言う道には決められたコースを行く人を褒め称え、道から外れた者を貶し蔑み自由と言う名の鎖で縛り付けてきます。

確かに学ぶこと自分を磨くことはとても素晴らしいことです。

ただし得る物があれば失うものもあることを忘れて盲目になっていては、あなたはあなた自身が選んでいるかのように思い選んだその道は、選んでいるのではなく選ばされているのかもしれません。

人生は自ら選んでいるように見せかけ選ばされていることが多くあります。

資格講座ブームのころは、持ってても何の役にも立たないような資格が乱立し、いかにも就職に有利かのように謳って受講者を増やしていました。

あれは就職氷河期と呼ばれた時代だったんですかね。
そのころは大学を卒業しなければ仕事はないと言う時代で大学に進学するのが当たり前な流れになっていました。

ふたを開けてみれば高卒でも仕事はありますよね。
大卒も高卒も実際あまり給料は大きく変わらないのではないでしょうか。
もちろん大卒が有利なのには変わりありませんが。

少し話がそれましたが、人の1日の時間はみな等しく24時間です。

24時間の内7時間近くは睡眠なので実質16~7時間が1日の長さですね。

例えばこの24時間の内仕事をより多くしたいと考えたとしたら、どこかを狭めなければ24時間以内には入りません。

これと同じで人間には容量がある程度決まっていると考えます。
ですから何かを得たら何かを消さなければそれ以上入らないのです。

仕事を多くするために睡眠を削る社会人のように、何かを得るために何かを削らなければならないのです。

ほとんどの人間がこの枠から抜け出すことはできません。
ほとんどとは言ったものの、全てと言っても過言ではありません。

どれかに注力すれば、どこかにしわ寄せがくるのはもはや真理です。

何かを得ることが正義で最も正しく最高に素晴らしいことかのような風潮がありますが、何かを得れば何かを失っていることを忘れ疎かにしていると、捨てた事すら忘れ、捨てたものをまた得ようとするかもしれませんね。

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        1. しかしそれには当然時間と労力、お金が必要になりますね。
      1. この場合納得できることだからよしとしますが、実際これだけがなくしたものではないことにお気づきでしょうか?
    1. それは「価値観」です。
      1. それが悪いとか英語が問題だなんてことを話しているのではありません。
        1. 心理学を学んで人間関係を良好にしたいと思い学んだ結果、この場合はこうあの場合はああと型にはめて考えてしまってかえって人間関係に亀裂をつくる原因になってしまう可能性もあります。
      2. 私が言いたいのは、学ぶことや自分磨きなどをすることで得るものがあると同時に失っているものもあると言うことを言いたいのです。
      3. このように私たちは常に何かと何かを比べて、取捨選択を繰り返し生きていると言っても過言ではありません。
      4. ただし得る物があれば失うものもあることを忘れて盲目になっていては、あなたはあなた自身が選んでいるかのように思い選んだその道は、選んでいるのではなく選ばされているのかもしれません。
      5. 少し話がそれましたが、人の1日の時間はみな等しく24時間です。
        1. 仕事を多くするために睡眠を削る社会人のように、何かを得るために何かを削らなければならないのです。
      6. どれかに注力すれば、どこかにしわ寄せがくるのはもはや真理です。
  1. まとめ

まとめ

人が何かを得るとき何かを失っている

得るものがあれば失うものもある

それが本当にあなたにとって必要な物ならいいですが、本当は必要ないものにまで手を出すとあなたにとって必要だったもの失うことになるかもしれません。

学んだり磨くことはいいですが、そればかりに注目して大事なものをなくさないようご注意ください。

それではまた。

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