人と議論や話をすると必ずぶちあたる壁4つのイドラ

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哲学
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みなさんは、人と話していてこの人偏見が強いなと感じたことはありませんか?

どんな人でも必ず持つ偏見は、自分では気がつきにくいものですが、他人から見るとまるで色眼鏡をかけているかのように見えるもの。

例えばオウムやイスラム過激派によるテロにより、宗教全般を嫌う人や、なんの根拠もないことをどこの馬の骨かも知らない人が言っているのは信用できないのに、芸能人や友人など知っている人や偉い人が言うことは同じ事でも信用できるってことありますよね。

これらは日本が戦国時代でまだ日本として統一されていなかったような時代に、遠く離れた国イギリスの偉い学者先生が唱えた4つのイドラによってわかりやすく提唱されていたのです。

今回は人と話をする時や議論になったときに必ずぶち当たる壁である偏見について、フランシス・ベーコン先生の唱えた4つのイドラに当てはめてお話していきたいと思います。

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人が持つ4つの偏見とは

フランシス・ベーコンと言う名は恐らくほとんどの方が聞いたことがあると思います。

中には今回紹介する4つのイドラを知る人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、私がそうでしたが当時は知っていたことだとしても忘れてしまったり、歳を重ねたことによりさらに理解力が増している場合もあるのでぜひ参考にしていただければと思います。

では早速4つのイドラについて見ていきましょう。

  1. 種族のイドラ
  2. 洞窟のイドラ
  3. 市場のイドラ
  4. 劇場のイドラ

以上の4つがあります。

イドラとは、ラテン語のidola先入観や偏見を意味する言葉です。

余談ですが英語のアイドル(idol)の語源でもあります。

人間には4つの偏見があると言い、「種族のイドラ」「洞窟のイドラ」「市場のイドラ」「劇場のイドラ」と言います。

では次に1つずつどんなものなのかを解説していきます。

種族のイドラ

種族のイドラとは、人間としての偏見のことを言います。

別の言い方では自然性質によるイドラとも言われ、人間の感覚や錯覚などにおける偏見であるとされています。

例えば、人間は空を飛べない、泳ぎ続けることはできないなど身体的な先入観や、朝日や夕日は太陽が大きくなっている、月は日によって丸かったり欠けていたリする、などがあります。

これは人間と言う種族としての偏見で、空を飛べないのは人間のことで鳥や虫は空を飛べますし、魚や甲殻類は水中で泳いだり生活し続けることができます。

あくまで人間側から見た偏見であると言うことです。

洞窟のイドラ

別名個人経験によるイドラ。

自分の受けた教育や経験から来る偏見のことで、まるで洞窟から世界をのぞき込むかのように一部しか見ていない状態の偏見のことを指します。

例えばゲームは頭が悪くなると言われていました。

これは、かつて大人たちが子どものころにはゲームと言うものが存在しなくて今までゲームをしてこなかったからこそ持つ偏見です。

人って個人個人で行ってることが真逆なことってありますよね?

例えば、若いときは遊びまくった方が良いと言う人と、若い時から遊びまくった人は歳をとっても遊びまくると言う人。

どちらも間違ってはいませんが、その考えで人間すべてを語ることはできません。

あくまで個人的な経験から来る偏見なので、洞窟の出口から見える一部の景色から判断するようなものであると言うことです。

市場のイドラ

こちらは伝聞によるイドラとも言われ、伝言ゲームで最初の情報に尾びれがつくなどいつの間にか正確ではない情報となってしまうことや、言葉が足りずに勘違いしてしまうことや同じ言葉でも人によって解釈が違うことから来る偏見を指します。

例えば会社のマドンナ的存在のAさんは、男性にモテモテなことがゆえに女性社員から妬まれます。

するとAさんのことを悪く言う人が必ず出てきて、あることないこと言いますよね。

イメージだけで話していたことが、別の誰かに伝わりいつの間にか伝言ゲームのように広まっていき、最終的にはAさんは会社内の男性をとっかえひっかえ付き合ってる尻軽女だとか、上司がデレデレなことから勝手に不倫しているなどと言われもない噂が立つことなどがあります。

このような「噂」が典型的な市場のイドラで、言葉の一部分だけ聞いて勝手に解釈したり、コーヒーが「好き」と言っているのに「好き」の部分だけ聞いて勝手に勘違いしていちゃいちゃしてるなどと誤解するようなことなどのことです。

劇場のイドラ

別名権威によるイドラ。

最初の方にも言いましたが、偉い学者が言ったことは信じて、アホな知人が言うことは信じない。

そんなことってよくありますよね。

例えば私がこの4つのイドラをベーコンが言ったことだとは言わずに提唱したとしても、どこの馬の骨かもわからない奴がどうのこうの言ってることは信用できませんが、フランシス・ベーコンと言う超有名人が言ったことだと聞けば多くの方が勉強になるなぁなんて言います。

他にも大企業と言うだけで言葉に説得力があったり、フリーターと言うだけでしょうもなく感じたり、その会社の格式や家系による先入観、さらには〇〇学者などの肩書など、権威によって印象が変わることなどを劇場のイドラと言います。

みなさんも、その辺のおっさんが宇宙人を見たと言ってもアホくさっとしか思わないと思いますが、もしNASAや大統領などが宇宙人はいますとか言ったとしたらマジかよっとなりますよね。

このように権威や伝統などを無条件に信じ込んでしまうことが劇場のイドラです。

4つのイドラからわかる心理

このように、人間はいろんな偏見を持ち思い込みを持ちながら話をしたり、物を見たり、触れたり味わったりしています。

絵画を見て、ゴッホの絵は確かに凹凸があって力強い印象になぜかはかなさを感じるから評価されているのだとわかったとしても、ピカソの絵を見てわけのわからない絵がなんでこんなに評価されてるのかわからないことってありますよね。

美術品は特にそれが顕著で、便所の落書きかよと思うような作品が〇億もするなど不思議に思うことは多々あります。

しかし、しょうもない便所の落書きと思ったとしても、〇億すると聞くと確かに味があるなぁとか、何か素晴らしい技法でも使っているのだろうなどと無批判に信じ込んでしまいます。

最近何かの記事で読んだんですが、現代美術の展覧会で適当にその辺にメガネを置いたら人々はこれはすごい作品だなどと絶賛し、まじまじと見入っていたと言うことがありました。

それこそまさに劇場のイドラであり、人は美術展にあるぐらいなんだから素晴らしい作品なんだろうと思い込んでしまうのです。

他にも、行列のできているお店はきっとおいしいんだろうと言う思い込みから並んで、いざ食べてみたら微妙だったとしても個性的で面白いとか、健康的でヘルシーなどと絶賛します。

これらのような思い込みに潜むのは「人気の物・称賛されている物=良い物」と言う風な心理が働き、これを良いと思わなかったとしても批判することや、良いと思わなかったことを言うのは、自ら感性の鈍い人だとアピールするようなものとなってしまいます。

だから人は劇場のイドラみたいな偏見や先入観を持ってしまうのです。

そして、他のイドラに関しても同じことが言えます。

種族のイドラも、人が空を飛べるなんて本気で信じることは「おかしい、バカ、現実を見ていない」などと批判され、偏見に押しつぶされてしまいます。

市場のイドラも、噂が立ってしまった時点でもはや本人が違うと言っても無駄ですし、言葉は言うことよりも受け取る方の立場が強いため、セクハラやパワハラ、モラハラなどのようなハラスメント、いじめなどがなくならないわけです。

洞窟のイドラに関しても自分が学んだことや経験したことに固執し、それがないことは中身がないことのように思われてしまうことから視野を狭めてしまうのです。

人は思い込みの激しい生き物です。

それは人間としての種族に対することなのか、自分の知識や経験に対することなのか、人の噂や事なの解釈なのか、権威や肩書なのか。

いずれにせよどんな人でも必ず色眼鏡をかけていて、自分が見たいように見て、聞きたいように聞く。

そんな風に生きています。

これはベーコンに関しても同じで、それを話している私も同じこと。

ただその中で、自分の感情が揺さぶられることは思い込みである場合がほとんどなので、思い込みを外していくことこそが本当に良い生活なのかもしれません。

少々長くなってしまいましたが今回はこれで以上です。

まあ私自身学がないので詳しくありませんし、ちょっと違うこともあるかもしれませんが、ざっくりとでもみなさんにお伝えできれば幸いです。

それではまた。

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