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自信を持つこと自立すること自分という存在を認めること

コラム
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みなさんは自信ってありますか?

私は自分にあまり自信がありません。

勉強は下から数えた方が早いレベルですし、運動もさほどできるわけではなく、かといってコミュニケーション能力が長けているわけでもなく取り立てて誇れるようなことがないと思うからです。

このような考えは多くの方が持つことなのではないでしょうか?

というのも、日本人は自己肯定感が主要国などと比べて低い傾向があると言われていて、あまり自分が好きではない、あるいは自分に自信が持てないと考える人が多いのだそうです。

自己肯定感の低さ

このデータは少し古いものではありますが、平成25年ごろのデータということなので10年も経たないことから今も令和に変わったとはいえあまり違いはないのかなと思います。

なぜこうも日本人が自己肯定感が低く自信を持てないのかはわかりませんが、自信がないということは結構大きな問題なんですね。

なぜなら自信がない人と自信がある人とでは、同じ結果だとしても感じ方が違うからです。

これは、幸福に生きるという意味ではものすごく大きな要因となります。

例えばテストで80点取ったとします。

自信がある人はテストで80点取ったことに喜び、努力が報われたと感じたり、80点という結果を良かったと捉えます。

しかし、自信がない人は80点取ってもあまり喜びません。

もっと努力出来たんじゃないか、もっと集中してやっていれば点数が良かったんじゃないか、あんなに頑張っても自分は80点”しか”取れないのだと落ち込むのです。

同じ80点でも自信がある人は80点”も”取れた、高得点が取れたと喜び。自信がない人は80点”しか”取れなかった、他の周りはもっとすごいのに、と80点を高得点だと思えないのです。

どうしてこのように違うのかはいろいろ理由があると思いますが、その理由のひとつに「他人と比べてしまう」ということがあるのではないかと思います。

自信がある人は他者と比べて自分が高いかどうかということよりも、過去の自分と比べてどうだったかという風に自分と比べている場合が多いように思います。

一方自信がない人は他者と比べることがメインで、過去の自分より点数が上がっていても他と比べて高くなければ点数が上がっていても良かったと捉えられないのです。

これは自立していないと言うことでもあるんですね。

自立とは

自立と聞くと多くの場合違う意味で捉える方がほとんどだと思います。

一般的な認識では「自立=自分で稼いで生活すること」と考えることが多いのではないでしょうか?

それも自立のひとつではあるのかもしれませんが、なにもそれだけが自立というわけではありません。

自分で稼いで生活しているから自立している。

これって子どもが自分で片付けや準備をして、「自分のことは自分できる」「自分は大人だ!」と言っているのと似てますね。

本来自立するということは、他者という比較対象がなくても自分で立って、自分という人格を保っていられることなのではないかと思います。

言葉にするのは難しいですが、先ほど例として挙げたテストで言えば、周りと比べなくたって80点という事実は変わらないのにも関わらず、周りと比べなければ80点の価値が決められないことは自立しているとは言えないのではないでしょうか。

テスト以外でもこういったことはたくさんあって、カッコいいとかかわいいとか、オシャレに関しても言えます。

ハッキリ言って私はオシャレのセンスがないのでパリコレをオシャレだとは思えませんし、草間彌生やコシノジュンコなどの世界的なアーティストを奇抜だなーとしか思えません。

でも、世界的にはそれがオシャレの最先端。

実際街中でパリコレのような服装で歩いている人がいたらどうでしょう。

めっちゃ目立ちますよね、悪い意味で。

ファッションだけじゃなく、話題の映画やドラマ、音楽や食べ物など自分には理解できないものや、良いと思わないものは少なくありません。

もちろんそれを素敵だなって思う人はいます。

ただその感覚が自分がそう思ってのことなのか、他人が良いって言うから良いって思っているからなのか。

価値観の自立、アイデンティティを確立すること、つまり精神的な自立が出来ているか。

これが自信のなさ、自己肯定感の低さにつながっているのではないかと思います。

自信を持つこと自立すること

確かに経済的に自立している人は多いかもしれません。

しかし、精神的な自立が出来ていないまま大人になった人は案外多いのではないかと思います。

私もそのひとりですが、私がこのように思うようになったのはある言葉がきっかけでした。

それはゲシュタルト療法という心理療法を考案したフレデリック・パールズという精神科医の詩、ゲシュタルトの祈り(パールズの詩)を読んだことがきっかけでした。

この記事の冒頭にもあるこの詩は一見冷たいように感じる人もいるかもしれません。

しかし、これは冷たいのではなく自分を他人にゆだねない、人任せに生きない自立した考え方であると私は思います。

テストで80点取ったという結果を良いと思うのも悪いと思うのも他者と比べてのことではなく、自分がどう思うのかということが「私は私、あなたはあなた」という一文に現れています。

他者と比べることは悪いことばかりではありませんが、それだけが価値を測る基準ではありません。

あの国民的アイドルの大ヒット曲でも言っていたはずです。

ナンバーワン、オンリーワン。

私は私、あなたはあなた。

私もあなたも他者のために生きているわけではありません。

そして他者の期待に応えるために生きているわけではありません。

自立するとは支えなく生きるということではなく、支え合って生きること。

お互いがお互いの出来ること、得意なことをしてお互いに補って生きること。

自信とは精神的な自立であり、自分の評価や価値観を他者に委ねて人任せにしないということ。

それが大事なのかなと思いました。

それでは最後に画像では見づらい方もいると思いますのでパールズの詩を文字に起こして載せたいと思います。

私は私のことをする。

あなたはあなたのことをする。

私はあなたの期待に応えるために生きているわけではない。

そしてあなたも私の期待に応えるために生きているわけではない。

私は私、あなたはあなた。

もしも偶然、私たちの心が触れ合うならば、それは素敵なことだ。

もし触れ合えないとしてもそれは仕方がないことだ。

この詩があなたにとって何を与えてくれるのかはわかりませんが、これから何かをつかむヒントとなればと思います。

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