自立には2種類ある 精神的自立には”依存”が重要なポイント

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心理
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「親からの自立」「彼氏彼女からの自立」「子供からの自立」

人それぞれ自立しなきゃって思うことがあると思います。

特に親からの自立が多いのかなと思いますが、実は自立って2種類あるんですよね。

  • ひとつは経済的自立
  • もうひとつは精神的自立

親からの自立など一般的には「経済的自立のことを自立と呼ぶ」ことが多いです。

でも精神的自立も重要で、経済的な自立はできていても精神的な自立がうまくいっていない人も結構いたりします。

人に依存するとその人への負担になってしまうこともあり、場合によっては負担を重く感じてしまって人が離れていってしまう恐れもありますね。

それは困ると依存した状態から自立しようと思い立つ人も多いのではないでしょうか。

しかし、精神的自立の場合は依存しているものから離れることが解決法にはつながらない場合もあります。

ではどうやって精神的な自立は成り立つのでしょうか。

精神的な自立は依存するのをやめるのではなく、依存先を増やすことが重要なポイントとなります。

「自立=依存しないこと」というイメージが強いですが、実は自立をするためには依存するものが多い方がいいのです。

このままだと言っていることがよくわからないと思いますので、もう少し詳しくお話していきたいと思います。

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精神的自立は依存がカギとなる

【依存とは】
[名](スル)《「いぞん」とも》他に頼って存在、または生活すること。「会の運営を寄付金に依存する」「依存心」
引用:https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E4%BE%9D%E5%AD%98/

依存とは何かに頼ることで成り立つことを意味する言葉です。

精神的自立を目指そうとするとき、ほとんどの人が「依存するのをやめたい」と思うことが多いのではないでしょうか。

特に多いイメージなのは恋人への依存です。

恋人などパートナーへの依存をやめようとして1か月、2ヵ月と頑張ってはみるものの、あまりうまくいかずに辛い気持ちになってしまうことがあります。

でも本当に必要なのは依存するのをやめることではなくて、依存を分散することなのです。
人は一人では生きていけないと言うように、そもそも人間は誰か、あるいは何かがあって初めて成り立つことができる存在です。

つまり、依存をひとつもなくすことは人間らしい生活とはかけ離れてしまうことなのです。

依存を分散するとは

1日の時間はどんな人でも等しく24時間となっています。

どんなに依存していようが1日に依存できるのは24時間です。

これがひとつに依存した状態だと、睡眠など生命に必要なことを除いて14時間だと仮定すると1日の依存できる時間は14時間までだということになります。

依存先がひとつしかないと14時間フルに使っちゃったり、場合によっては寝食の時間も削ってそれに費やしてしまうこともあるかもしれませんね。

この状態は確かに危険で依存をやめないと危ない状態だと言えます。

でもひとつしか依存していない状態で依存するのをやめると、なんにもない空っぽの状態となってしまいます。

空っぽの状態だとなにも楽しみがなくただ生きているだけみたいな状態になってしまい、生きる活力をも失ってしまう危険性があります。

ただ減らすだけでは空虚な生活になってしまいますし、つらさも倍増してしまうことでしょう。

なので、依存をやめるためには逆に依存先を増やせばいいと思うんですね。

恋人などパートナーとの時間だけではなく、自分の時間も増やすことで相対的に依存を軽減させることが重要なのではないでしょうか。

依存ってそんなに悪いこと?

依存って悪いもののようなイメージがあると思います。

依存にも度合いがあって、重度の依存は依存症という病気ですから良いものとは言えません。

でも世の中に何にも依存していない人っていないんですよね。

みんな何かしらに依存していて、それがないと生きてはいけないと思うようなものがあるんです。

依存する対象が多数派なのか少数派なのかで印象は違いますし、依存度によっては生活に支障をきたしてしまいます。

例えばゲーム依存が最近よく問題視されたりしますが、ゲーム依存がどの程度の度合いかによって許容できる範囲かどうかは違ってきます。

依存症というレベルは思っているよりも深刻な状態のことです。

仕事中や授業中なのにゲームをしてしまってやめられない状態のように、今やっちゃいけない時でも抑えられないぐらいの衝動を依存症と言います。

一般的に思われているよりもずっと深刻な状態です。

このぐらいになると病院でしっかり治療していかなければなりませんが、多くの場合ここまでの依存ではないはず。

依存が良いとは言えないかもしれないですが、依存することは絶対に悪かと言われるとそうでもなくて、度合いによって違ってくるのではないでしょうか。

依存とは”居場所”でもある

依存は言い換えると居場所に近いものです。

人によって居場所はいろいろあると思いますが、いくつか居場所を持っている人と居場所がない人とでは依存しやすさも違うのではないでしょうか。

広く浅く、深く狭く。

広げようとすればするほどひとつあたりの深さは浅くなってしまうように、狭くなるほど深く重要度が高くなっていきます。

趣味や勉強などの場合はあまり広くやりすぎるとひとつのことに集中できず分散してしまいますが、人間関係においては狭すぎることでひとつのことに集中しすぎてしまう恐れがあります。

多くの人は家族だけではなく、友人や仕事関係の知人。

恋人だけでなく、趣味や勉強をする仲間がいたりするものです。

精神的な自立には多くの居場所が必要で、自分の存在を確立するためには多くの支えが必要で、柱があるからこそ立つことが出来ています。

自分の役割「ペルソナ」を複数持つこと

植木:何でもいいと思うんですよ。まずソフトインテリ、ハードインテリっていうのはある意味、2つのペルソナですよね。その他にも例えば「子どもに優しいお父さん」とか、「釣りに没頭する趣味人」とか、それに取り組んでいるときは集中して他の何者でもなくなっている、というような時間を作るということ。

 専業主婦の場合も、子どもには「お母さん」というペルソナで接し、夫には「妻」というペルソナで接する。外に出かけたときは「女」になるというのでもいいんです。

引用:https://diamond.jp/articles/-/25847

ホンマでっかTVで人気の心理評論家「植木理恵」先生もお話されている、自分という存在、顔を複数持つことが幸福感につながるということ。

依存先を複数持つこと、複数の居場所を持つこと、複数の柱を持つこと

そして複数の顔を持つこと。

これらはすべて同じことを意味しています。

私たちにはいろんな役割があって、家では「母親という顔」を持ちながらも外では「パートの主婦」として、大学時代の友達とは「友人」としてなど人間にはいろんな役割、その時その時で違った顔がありますよね?

そのような顔のことを心理学用語でペルソナと言い、いつくかのペルソナを持つことが幸福感につながると言います。

母親としての自分が主軸にありつつも、時には妻としての自分も大事にされたいと思うこともあるでしょうし、時には友人との時間も欲しいなって思うことだってあります。

なにかひとつだけしかない状態というのはリスクがあって、リスクがあるということは不安を感じるということなんですね。

幸福感という意味でも複数のペルソナがあることは大事ですが、不安感や不幸感を軽減させるのにも複数のペルソナが重要です。

結論:精神的な自立にはひとつに依存しないことが大事

あれこれ専門的なことやまわりくどく説明してきましたが、結論としては精神的な自立に大事になってくるのはひとつに依存しないことです。

依存しないことが重要なのではなく、ひとつに依存しないことが大事なんですね。

つまり、依存するしないが本題ではなくて依存する先が少ないことが本題となっていて、多くの人が精神的な自立に対して誤解している部分なのです。

自立するには自分自身が強くならなければならないと考える人は多いです。

しかし、本当に必要なのは自分を支えてくれる柱が複数あること。

自分の居場所が複数あること。

自立することはたくさんの支えがあるからこそできるものです。

もちろん多すぎるのも良くないと思います。

1日の時間は限られていますから、広すぎればその分浅くなってしまいます。

人によって適切な数は違うかもしれません。

数はあっても比重が偏りすぎている場合もあるかもしれません。

自立したい、なにかから抜け出したいと思ったら、まずは自分の役割、居場所、自分を支える支柱がどれだけあるのか、その比重はどのような偏りになっているのかと考えてみてください。

精神的自立はまず自分を支えているものとどこに偏っているのかを自覚することがはじまりなのではないかと思います。

そして、自分の支えとなるものを増やすことが精神的自立へとつながっていくのではないでしょうか。

内省することって難しいですが、目印をつけてやってみるとスムーズにできることもあるので、この話がすこしでもご参考になっていましたら幸いです。

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