何かを肯定することは同時に何かを否定することにつながっている

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哲学
この記事は約6分で読めます。

人と話しているとき、相手に否定されたら嫌な気持ちになりますよね。
それとは逆に相手に肯定されると嬉しく思います。

ですからよくコミュニケーション系の本や恋愛系の本などで言われるのは、「否定はダメ、肯定しよう。」と言うようなことです。

確かに人と話すときに否定ばっかりする人はたいてい嫌われます。
仮に嫌われなかったとしても否定ばっかりの人と会うことや話すことが嫌になりますよね。

反対に肯定する人は話していて楽しく感じますし、自分のことを認めてくれる良き理解者と感じることもあるでしょう。

しかし私は肯定することが良いことであるとは言いません。 なぜなら何かを肯定することは、何かを否定することにつながっているからです。

一般的に否定はいけませんと言われます。
だから肯定しましょうなんて言われます。

もしその肯定が否定につながっているのなら否定がダメなんだから肯定してもダメと言うことになりますよね。

まるで禅問答のようなテーマとなっていますが、わかりやすく説明していきますので良ければお付き合いいただければと思います。

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肯定することが何かを否定することである理由

例えばあなたが「イチゴ」が好きだとします。
友達に「イチゴおいしいよね」と言ったとき、相手も「イチゴ最高だよね」と肯定してきたら嬉しいですよね。

一見どこに否定が見られないこのやりとりですが、一体どこが否定につながっていると言うのでしょうか。

このケースで言えば、「イチゴが好き」と言う意見は同時に「イチゴが嫌い」と言うことを否定しています。

あなたと友達が「イチゴ好き」と言う意見が一致し、肯定されることで嬉しく思う反面、その隣にいるその辺の人は「イチゴが嫌い」だったとしたら嬉しくないですよね。

この例だと上手く伝わらないかもしれませんが、逆に考えてみてください。

あなたのとなりで知らない人が「イチゴってまずいよね」と言っていたらどう思いますか?

自分が好きなものを否定されて嫌な気持ちになりますよね。
そしてその知らない人の友達が「わかるイチゴって酸っぱいから嫌い」とイチゴが嫌いなことを肯定していたらどう思いますか?

嫌ですよね。
でも、その知らない人同士では「イチゴが嫌い」と言うことを肯定されて嬉しく思うわけです。

ちょっとわかりにくいかもしれないので、もう少し掘り下げてみましょう。

例えばあなたにAさんから「今日仕事終わったら飲みに行こうよ」とお誘いがあったとします。
「いいね、行こう」と言えば肯定になり、「今日はやめとく」と言えば否定したことになります。

ここまではさっきのイチゴと同じですね。

ではこのときAさんからの誘い以外にもBさんからも誘いがあったとしたらどうでしょう。

Aさんからの誘いに乗れば(肯定)Bさんの誘いを断る(否定)ことになります。

つまりどちらかを肯定すればどちらかを否定することにつながっていると言えますよね。

日本人って断ることが苦手な人多いです。
ノーと言えない日本人なんて言われていることもありますね。

ノーと言うと否定することになるので相手を気遣ってノーと言えない人が多いのかと思いますが、ノーと言わないことが逆に否定につながっていることを理解している人はとても少ないように思います。

一般的にノーとハッキリ断る人は「冷たい」とか「怖い」なんて思われがちですが、なんでもかんでも断れずにイエスと言うことが決して良いわけではありませんよ。

ここまで読んだ方なら何となく分かったと思いますが、

イエスと言うことは同時に何か別のことをノーと言っているのと同じなのです。

世間では否定する人は嫌われます。肯定する人は好かれます。みたいに言う人多いですが、ハッキリ言ってそれを鵜呑みにして肯定ばかりするようになるのは愚かです。

否定したら嫌われるから肯定すると言うなら止めた方がいいです。

なぜなら、肯定することで何かを否定することにつながっているのですから。

しかも警戒心が強い人なら肯定ばかりする人のことを信用しません。

それは自分の意見がないようで胡散臭く感じるからです。

ただ誤解しないでいただきたいのは肯定することが悪いと言っているのではありません。

それどころか私は否定することも悪いとは思いません。
否定も肯定も、単なる1つの意見に過ぎません。

その意見が合うか合わないか、それだけに過ぎないのです。

肯定が多ければその分合う。 否定が多ければその分合わない。

少しややこしいですが、否定ばかりの人でも合う場合があります。

例を挙げるとしたらホリエモンなんかはしょっちゅう何かを批判しまくってますよね。

でもその批判が「正しい=自分もそう思う」と思えばホリエモンが好きになるでしょうし、そうでないなら嫌いになるでしょう。

良くも悪くもハッキリわかれるわけです。
つまり何が良いたいのかと言うと、否定しても悪いわけではないことが言いたいのです。

イチゴ好きにとってはイチゴが嫌いな人の意見は嫌です。
しかしイチゴ嫌いな人にとってはイチゴ嫌いな人の意見は合います。

否定派と肯定派があって、否定派は否定派の意見が肯定になり、肯定派は否定派の意見が否定になる。

ややこしいですがそれだけのことなのです。
ですから私は「肯定しましょうね」みたいな恋愛本とかはクソだと思っています。

肯定することや否定すること自体が問題なのではなく、単に考えの違いなので言葉でいくら取り繕ってもいずれボロがでます。

大してオシャレとも思ってないくせに「うわーその服めっちゃおしゃれだね」とか言っても、いずれは何も言わなくなります。

それを現すかのように、男は付き合う前は褒めまくりますが、付き合ってからはさっぱりですよね。

クソみたいな小手先の恋愛テクニックを使ったからこうなるわけですよ。

じゃあどうすればいいんですかとなるわけですが、否定も肯定もどちらでもいいんです。

どっちにしても何かを肯定すれば何かを否定することになるのですから。

ただそれを理解して発言すればいいだけです。
敢えて言うなら否定も肯定もしない。

「うんそうだね」「そうなんだ」「へーそれで」「そうだったんだ」「マジか」「いいんじゃないかな」「悪くないね」「良かったね」

みたいな感じでどちらとも言えない、どちらとも取れる当たり障りない言葉が良い関係を続ける肝だったりします。

今回は別に人間関係をどうこうするのがテーマじゃないので端折りますが、否定も肯定も結局捉える人によって否定にもなり肯定にもなるものですから安易に肯定してればいいってもんじゃないと言うことです。

「何かにイエスと答えると同時に他の何かをノーと言っていることになる」

これはアメリカの心理学専門誌「psychology today」と言う雑誌に書かれていた言葉だそうです。

これを知ればノーと言えない日本人も、少しはイエスと言えるようになるのではないでしょうか。

イエスマンはときに誰かを苦しめている事もありますからね。
自覚を持った方がいいかもしれません。

それでは今回はこれで以上です。
おもしろかったら他にもたくさん記事がありますので見ていってください。

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それは肯定になりますからねd( ・´ー・`)ドヤ

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コメント

  1. 藤井 より:

    最後の大切な締めくくり、ノーと言えない日本人もノーと言えるようになる。ですよね?。