意識的なのか無意識なのか、何事にもまず否定から入る人っていますよね。
こういう人と話すと疲れますし楽しくありません。
しかし、否定している本人はそのことに気付いていない場合が多く、逆に自分が優れていると思っている人さえいることもあります。
多くの場合このような人の周りには人がいなくなり、次第に孤立してしまうことも少なくありません。
いちいち否定する必要もないのに否定されると段々腹が立つものですが、自分でも気づかない内に相手の話を否定してしまっていることもあるので、人の振り見て我が振り直せと自分はそうならないように気を付けたいところです。
ただ冷静に考えてみると人と話をするときや何かを知ったとき、肯定するよりも否定する事の方が簡単であることがわかります。
例えば「今日天気がいいね」と言うことに対して肯定すると、「そうだね」「本当天気がいいね」と言うように一言で終わってしまいます。
一方否定すると会話につながりやすい場合があります。
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「今日は天気がいいね」と言う話に対し、「こういう日に限って夕立が振りやすい」とか「晴れの日だけが天気が良いとは限らないよ」などと否定すれば、「そうだね」だけで終わらせるよりも会話が続くように見えます。
肯定するよりも否定した方が文章上は会話が続いているように見えるのではないでしょうか?
しかしそれは見せかけのもので、実際は否定されて良い気持ちになる人は多くありません。
そのため長期的に見れば否定ばかりする人とは最初の「天気が良いね」と言う会話すら生まれず、無言になってしまうかもしれません。
否定することは簡単に会話をしている風にすることができますが、あくまで会話風のものをしているだけにすぎないのです。
会話はよくキャッチボールに例えられますよね?
キャッチボールは相手が捕りやすいように投げるのが基本です。
会話のキャッチボールで言えば、否定することは相手に向かって豪速球を投げ返すようなもので、キャッチボールとしては大変厳しいやり方だと言えます。
豪速球を投げて喜ぶのはキャッチボールではなく、キャッチャーの練習をしている人ぐらいなものです。
キャッチャーの練習は会話で例えるなら討論や議論の場です。
普通の会話で議論したい人はほとんどいませんのでこれがいかに場違いかがお分かりかと思います。
物事には適材適所、TPOと言うものがあり普段の会話から豪速球で投げ返してくる人はぶっちゃけめんどうくさい人だと思われてしまうわけです。
キャッチボールをしてて豪速球を投げることは簡単です。
ただ思いっきり投げればいいだけですから。
しかし、その球を受ける人はどうでしょうか?
もし取り損ねたら面倒くさいですし、もしかしたらケガにつながるかもしれません。
投げる方は投げようと思って投げるので簡単ですが、受ける方が来ると思っていなければ取ることもままなりません。
ですから会話で否定ばかりする人は面倒くさい人と言う認識になり、誰もボールを受け取ってくれなくなってしまうのです。
否定すること自体が悪いとは言いませんが、相手が捕りやすい球を投げることがキャッチボールでは重要なので、深く考えずに適当に否定するのは気を付けることをおすすめします。
自分では速い球を投げているつもりはなくても、相手によってはキツイなと感じているかもしれませんので相手を思いやって投げましょう。
それではまた。
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